拮抗する内なる自分

この20日間ほど、

私は見たくないことから目をそらして

自分をごまかしていると自覚してた。

目をそらして知らないふりをしても、

どれだけ大丈夫かを試していたのかもしれない。
 
 

世界は愛と感謝と豊かさに充ちていて、

自分の望むように、

少しずつ、

きらきらしたものに変化しているのに、

どうして自分はいつも同じことで悩んでいるんだろう。

どうして同じところをうろうろしているんだろう。
 

そうすると、

内なる自分がいろいろ言ってくる。

「どうしてあんたはいつもそうなの?」

「もっと早く動けばよかったのに」

「自分のタイミングで動きたいの」

「だってしょうがないじゃない」

内なる自分は、攻撃したり防御したり

いろいろと騒々しい(苦笑
 

そのうち、

神様やご先祖様に守られているから、

きっと自分は大丈夫、なんて

とにかく何かに縋って逃げようとする。

 

そんな状態で、

「行動しなきゃ、ものごとは動かない」とばかりに

誰かに縋ることを一生懸命考えて、

人に頼ろうとする。
 

でも望んでいたものは手に入らない。

・・・・

やっぱりだめだめじゃん。

と、自己否定に走る。

 

グォーンと音を立てて、

負のスパイラルが稼働しはじめる。

最初は小さかったものが、

まるで怨霊が放つ呪縛のようになって、

グルグルグルグル・・・

もっと怖くなって動けなくなる。

スパイラルに落ちていく。

苦しくて、苦しくて、

動けないし、動きたくない。
 
 

いったい、この強固な縛りは何なのだろう?

この重い気持ちはどこからくるの?
 
 

そう、

これを書きはじめて、ようやく言葉にできた。
 

人に頼らなければ成り立たないという思い込み。

それは、依存。

手放せた!と思っていた残り。

自分を信頼しきれていないという呪縛。

 
 

逃げない。まずそこから。

腹に力を入れて、その見たくないことを見据える。

縋るべきは自分!

自分を助けるのは自分!

そう覚悟して、深い呼吸でお腹に力を入れる。

そして、なぜそれが怖いのか、

怖くなくするのはどうすればいいのかを考える。
 

よーく見ると、怨霊が放つ呪縛じゃなくて、

自分が自分を縛っているだけ。

自分が頼りない、自分が信頼できないと

思い込んでいることが、自分を縛っているだけ。
 

そう、

まわりを見れば、豊かさに溢れている世界。

私の創る私の世界は、愛と感謝と豊かさで充ちている。
 

まずは自分の足で立って、

信頼という刀で、

自分の呪縛を自ら断つ。
 
 

自分の中の共依存におびえて、

自分を信頼できない。
 

そうじゃなくて、

自分を信じて、

肩の力を抜いて、

自分の世界に身を任すこと。
 
 
 

自分は大丈夫という自信を持って、

まわりを信頼しよう。

そして、そこから生まれてくるものを、

ありがたく受け取る。

助けてもらう。

それが相互依存。

それは共依存とは違う世界。
 
 
 

矛盾に聞こえるかもしれないけど、

また言葉が変わるかもしれないけど、

それが今の答え。
 
 

気圧の変化や、体調の良しあし。

家族のこと。

いろいろなタイミングが重なって、

ちょっと弱気になっていた私。

でも、そこに自己否定を持たない!

揺れる自分は、ちょっと胆力が足りないだけ。

お腹に力を入れて、

深呼吸すれば、ね、大丈夫♪
 

すべてのできごとは、

自分に起因してるけど、

必要だからこそやってくる、いろいろなできごと。

それを自己否定に結びつけない!

そう、ほら成長してるじゃん、私♪
 

いろいろな自分が内在するのだから、

変化しようがしまいが、

どんな自分を選択してもいいんだけど、

今回のことで、

自分をごまかして目をそらすと、

具合が悪くなるほどの強烈な自己嫌悪で

動けなくなることがわかりました。
 

自分で自分を嫌ったらだめだよ。

こんなにがんばってるのに、

あまりにも自分がかわいそうよ。

うん、次からは気をつけよう。
 

自分の足で立つ。

自分を信頼する。

人を信頼する。

自分の王国を豊かにする。
 

そこがわかったのなら、

さ、行動しよう!

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