2013年 8月 の投稿一覧

愛犬が教えてくれた幸せの法則

愛犬が教えてくれた幸せの法則
「ペットと飼い主の幸せを考える」 これが恋するジビエ研究所の理念です。
私たちは、恋するジビエ研究所の鹿肉フードを通じて、飼い主の皆様に幸せを感じるお手伝いをしたい、それが願いです。
また、飼い主の皆様が幸せを感じることが、ペットの幸せにつながるとも考えています。
 ここ数年の社会不安や経済的状況は、私たちに大きなプレッシャーと生きづらさをもたらしているように感じます。
物質的な豊かさは実感しますが、幸せを感じられないという方も多くいらっしゃるのではないでしょうか?
多くのテーマを抱えた現代の私たちは、ストレスとうまく付き合う方法や、心のケアの必要性を感じるようになったと思います。
そんな中、自分の気持ちを受け止めてくれるペット達は、私たちにとってますます大切な存在になってきました。
人には言えない気持ちもペットには話せる。
人前では泣けないけど、ペットをなでていると涙が出てくる。
そんな経験はありませんか?
ペットが「心の支え」になっている、そんな方もたくさんいらっしゃると思います。
そんな大切なペットとの毎日。 一緒にいるだけでたくさんの幸せをくれるペットとの生活。
でも不安定な私たちは、そんな楽しいはずのペットとの生活にも、漠然とした不安や罪悪感を持ってしまうことがあるように思います。
たとえば、 日中ひとりぼっちでお留守番。かわいそうだけど、でも仕方がないし。 ちょっと運動不足ぎみ?でもなかなかお散歩に行く時間が取れない。 手作りフードのほうが体にいいって聞いたけど、難しそう。 そんなに手間とお金もかけられないし・・・。
この仔はうちで暮らしているけど幸せなのかしら? もしかしたら他のおうちで飼われていたほうが幸せだったのかも?
また、この仔がかわいくて愛おしくて、このままずっとこの生活が続けばいいと思っているのに・・・もし、この仔に何かあったらどうしよう?
こんなに大切なこの仔がいなくなってしまったらどうしよう・・・。 楽しいはずの毎日が、不安と罪悪感で楽しめない。 そんな気持ちになってしまうことがありませんか?
 愛犬が病気になったとき、私はそんな気持ちになりました。
その時、迷い悩み不安でいっぱいになった私に、犬はまっすぐな目で私を見て、 「悲しい目をしてなぜボクを見るの?」 「ボクは不幸なんかじゃないよ」 そう言ってくれた気がしました。
 そう、犬が教えてくれたのです。そして気がつきました。
ほかと比べて幸せか不幸せかを考えているのは、自分の心。
この仔は、昨日でも明日でもなく、今この時を生きている。
後悔しないようにたくさんの愛情をもって、 今、自分ができる精一杯のことをしてあげれば、 この仔も自分も幸せなんだと!
「愛犬が教えてくれた幸せの法則」 それは、自分を大切に想い、しっかりと今を生きる。
過去や未来にばかりとらわれず「今を生きること」の大切さに気づき、ささやかな日常に幸せを感じる「心の豊かさ」こそが、本当の幸せにつながる。
そして自分が幸せになれば、大切な家族やまわりの人たちも幸せになれる。 愛犬は私にそう教えてくれました。

愛犬が病気になったとき

愛犬が病気になったとき
2013年8月
我が家では保護犬を2匹飼っています。
今年に入って、1匹の具合が悪くなりました。
3年前、預かり犬としてうちに来た犬、名前を「エド」といいます。
うちに来た時から、左後ろ足が短く歩き方も変でした。
でも足以外はとても元気で走りまわることもできましたし、リードを引く力はものすごく強かったんです。
ただ、うちに来たときは、怯えながら見上げる表情など、傷ついて自分をそのまままっすぐ表現できない犬でした。
結局里親さんとなる引き取り手が現れなかったので、情も移り手放すなどということも考えずにそのまま飼うことにしました。
そんなエドが、散歩中、突然歩けなくなりました。
食欲がない、ひっきりなしに震える、後ろ足が立たなくなってしまった、痛そうに泣き叫ぶ・・・ もう、すぐにでも死んでしまいそうな雰囲気でした。
・・・どうしよう、この仔が死んじゃうかもしれない。
夜中にエドを抱えて、ポロポロ泣きながら何時間もなでていました。
翌朝、急いで病院に連れて行ったら「ヘルニアかもしれないけど、犬種が雑種なので確定しづらい」との診断でした。
以前に診てもらった時も、先天性か交通事故か、首か腰かはっきりしないとのことでしたし、今回の詳しい検査だけで10万単位のお金がかかるそうで、その負担を考えてくれた先生はレントゲンやMRIを撮りませんでした。
結局病名ははっきりとわからず、でも、ヘルニアならすぐに手術しなければ治らないと言われました。
そして「手術はここじゃなくて紹介する大学病院でするので、もしかしたら100万くらいかかるかもしれない。」 「手術するなら早くしないといけないが、もしかしたら手術をしてもこのまま歩けないかもしれない。」とも言われました。
ショックでした。 そして混乱しました。
先生は手術するのが当然という感じだけど・・・原因が特定できないのに手術するの?
手術しなければ、見放しちゃったってこと?
歩けるかどうかわからないのに、絶対に手術しなくちゃいけないの?
手術することが普通なの?
でも、苦しそうだから何とかしてあげたい。
どうしてあげればいい?
この仔はどうしてほしいの?
知識も経験もない私には、いきなり決断することはできませんでした。
いったん返事を保留にして鎮痛剤などを処方してもらい、うちに帰ることにしました。
原因もはっきりしない、また治るかどうかもわからない病気に対してどこまで治療するのか。
手術をして入院させることがこの仔にとって最善なことなのか?
手術には全身麻酔など危険が伴うので、もし万が一のことがあったらどうすればいい? そして健康保険のきく人間と違い、負担の大きい手術代のことも気にかかりました。
迷い悩んだ私は、その解決のためにインターネットでいろいろなサイトを探しました。
「これこそが正しい」という明確な答えがほしかったのです。
お医者さんの意見、飼い主の体験記などいろいろなサイトを読みました。
でも、そんな答えはどこにもありません。誰も教えてくれないのです。
この仔の生死に関わる重要なことを、今すぐに私が決めなくてはいけません。
答えを出さなければいけないと焦りながら、いろいろな想いがぐるぐる頭の中を回りました。
「そもそも、エドはうちにいて幸せなのかしら?」
「もっとお金持ちのおうちで飼われればよかったのに」
「もしかしたら他のおうちで飼われていたほうが幸せだったのかも?」
すぐに手術をしてくださいと言えなった罪悪感と治してあげられない不甲斐なさで、エドをなでながら「ごめんね、私が飼い主で・・・」と泣いて謝っていました。
エドを膝に抱き夜半までなでていた時、エドがふと私を見上げました。
その純粋でまっすぐな瞳を見たとき、 「好きに決めていいんだよ。ボクはそれでいいんだよ」 そう言ってくれたような気がしたのです。
この仔が「自分は不幸だ」と言っているわけではない。
ほかと比べて幸せか不幸せかを考えているのは、この仔ではなく自分なんだ。
幸せか不幸せかを決めるのは、自分の心。
動物は、昨日でも明日でもなく、今この時を生きているんだと気がつきました。
そして決めました。
「痛みや苦しみの緩和は希望する。このまま歩けなくなってもいいから手術はしない。 でも見放したわけじゃない。たくさんの愛情をもって、精一杯自分のできることはしてあげよう」
これが私の出した結論でした。
私は半分泣きながら半分笑ってエドに言いました。 「手術はしないよ。でもこれからも一緒に楽しく暮らそうね。」
私の選択に違和感を持たれる方もいらっしゃるでしょう。
何が正しいかは人それぞれだと思います。
その家庭の考え方、経済状況、環境は千差万別。
でも!飼い主としてどんな選択をしたとしても、決めたからには、がんばる。 他の選択肢を想像して悩んで後悔するヒマがあったら、今自分のできる最善のことを考え行動しよう。そう考えました。
きっとこの時、自分で決めて行動しなければ、なんでもっと早く気づいてあげなかったんだろう・・・ ・あの時こうしていれば・・・と今でも後悔し続けていると思います。
もし、エドに万が一のことがあったら、その苦しみをまわりのせいにして先生に怒りをぶつけていたかもしれません。
誰々が言ったからとか誰々がこうしたからではなく、最終的に自分で決断して行動する。 それが私にとっての「正しい答え」。そう考えました。
そしてこの時、ペットの幸せってなんだろう、ということも深く考えました。
「ペットの幸せは、飼い主と一緒にいること」
でも、その飼い主が心配そうに自分を見て、泣きながら謝ってくるのはうれしくないよね。
「お母さん、何で泣いているの?そんな悲しそうな顔をしないで」 健気なその仔はきっとそう思うはず。そして逆に慰めてくれようとしてくれるかもしれない。
そう、ペットの幸せは 「一緒にいる飼い主の心の平穏」
「一緒にいてくれてありがとう。」「大好きだよ。」 そう言って笑いかけてくれる飼い主と一緒にいること。
それが、ペットの幸せだと私は思います。
当時まったく動かなくなったエドの後ろ足は、ちょっとだけ動くようになり、しっぽも振ってくれるようになりました。
まだ歩けるようになるまでにはなっていませんが私達は幸せです。 もしかしたら、関係は以前より親密かもしれません。
以前の飼い主に捨てられたという過去を持つエドは、なでてほしくてもちょっとずつ後ずさりして離れていくという感じの、自分を素直に表現できないワンコでした。 社会化にも失敗しているらしく、他の犬を見ると、遊んでほしいのに吠えます。 咬みつきそうな顔ですごい勢いで吠えまくるので、なかなか他の犬とごあいさつもできません。
私の飼い主としての未熟さもあるのですが、日中は他の犬と出くわしてしまうので、散歩は夜にすることが多くなりました。
そんなエドを見て「あーあ、こんなに吠えなければかわいいのに・・・」と思っていたのも事実です。
でもエドが死にそうだった状態から復活した今は、生きているだけ丸儲けというか、すべてが感謝となりました。
「生きていてくれてありがとう」 「ごはんはおいしかった?たくさん食べたね」 「おしっこがでたね、よかったよかった」 「うんちがでたの。すっきりしたね」 「ちょっとくさいけど、しょうがないよね」 エドが何をしても、そんな気持ちで接するようになり、私の愛情表現も以前よりスキンシップが増えました。
そうしたら、ちょっとひねくれ犬だったエドも、体中で愛を表現してくれるようになりました。
両手でグリグリくしゃくしゃになでまわしても、おでことおでこをくっつけても、耳元で「エドエド」と言いながらキスしても、嫌がらずに「もっと!もっと!」と言うようになりました。 顔つきも、別の犬?というくらいずいぶんかわいらしい表情になりました。
エドにとっては歩けなくなったことは不便なことだけれど、私たちの関係は以前より幸せな関係になった気がします。
それでもたまに、「エドが歩けないのは、手術をしなかったからかも・・・」と内なる私が責めることもあります。
そんなときもエドは「ボクはこのままで幸せだよ」と、まっすぐな目と愛情で私に答えをくれます。
幸せはどこかに探しにいくものではなく日々のささやかな暮らしのなかにあるのなら、後悔しないようにたくさんの愛情をもって、今自分ができる精一杯のことをしてあげれば、ペットも自分も幸せになれると思うようになりました。
だからこそ、飼い主のあなたに幸せを感じてほしい。 幸せなあなたなら、きっとペットも幸せにできるはず。
「ペットの幸せは飼い主の幸せ」
そうエドが教えてくれました。
今回、インターネットでいろいろなサイトを探し読んだとき、 エドと同じように下半身不随になったり、病気になった犬に対しての罪悪感に苦しむ、そんな心の叫びのようなサイトをたくさん拝見しました。
そんな中、もう少し飼い主の気持ちに寄り添い共感してくれるサイトがあればいいのに・・・と強く感じました。
ペットを飼うときの喜び、楽しみ、そして不安や罪悪感を意識した時、自分が必要と感じた「共感」を伝えたい。 そんな思いで作ったサイトです。                                                    2013年8月